こうして年も明けてから一月経ち、志貴達はのんびりといつもと変らない日常を過ごしていたある日。

「志貴ちゃん・・・って!!姉さん、今の時間私が志貴ちゃんの傍にいるんだから!!」

「でも翡翠ちゃん、今忙しかったでしょ?だからお姉ちゃんが替わりに・・・」

「それ替わりって言わない!!だったら姉さんがしてよ!!お掃除!!」

「え〜、でも私がすると家が破壊されちゃうから・・・」

「そこで威張らないでよ!」

「じゃあ翡翠ちゃんがお料理さつきちゃん並に上手になったら私もお掃除・・・あ、あは〜ひ、翡翠ちゃん??」

「姉さん・・・姉さんの事・・・多分忘れません」

「ま、まあまあ、翡翠抑えて」

「でも志貴ちゃん・・・」

「今夜は翡翠なんだしその分・・・ね」

「う、うん・・・」

「あ〜、良いな〜翡翠ちゃん」

「琥珀の番の時も・・・な。所でどうしたんだ?翡翠」

「あっそうだ・・・お客さんだよ」

「客??いったい誰が??」

この時より過酷なる生存戦争の序幕が切って落とされようとしていた。

蒼の書二『最悪なる祖』

翡翠から来客の報を受けた志貴が『七星館』応接の和室に向かうとそこには

「先生?師匠?それに教授まで」

「志貴お邪魔しているわ」

「すまんな志貴」

「邪魔しておるわ」

「いえそれは構いません。ですが一体何があったのですか??お三方が揃ってなんて」

「ああ、その事なんじゃが・・・」

ゼルレッチは何故か言い難そうにしていたがやがて口を開いた。

いや、口を開こうとしたがそこへコーバックが口を挟む。

「ゼルレッチ、志貴の嫁はん全員呼んだ方がええとちゃうか?」

「それもそうだな・・・志貴すまんが『七夫人』を総員ここに呼んでくれ」

「全員ですか?」

「ああ、今回ばかりは総動員で挑まねばならぬからな」

「わかりました・・・まあもう来ていますけど」

そう言って志貴が襖を開けると複数の人影が雪崩れ込む。

すでに当の『七夫人』が全員いた。

「やれやれ・・・聞き耳立てていたのか?」

志貴が呆れ気味に尋ねる。

「えへへ〜」

「す、少し気になっちゃって」

代表してアルクェイド、アルトルージュが答える。

「まあ良いさ。全員並べ」

「「「「「「「はい」」」」」」」

志貴の後ろに『七夫人』が並ぶ。

「師匠、それでお話と言うのは?」

「うむ・・・実はな・・・先日、二十七祖第二位『六王権』が復活を遂げた

その言葉に最初に反応を見せたのはアルクェイドとアルトルージュだった。

無論驚愕の反応を。

「爺や!!それ本当!!」

「嘘でしょう!お爺様、あの封印を破って復活したと言うの?」

「どの様に復活したかは不明ですが・・・『六王権』は復活を果たした。これは紛れも無い事実です」

二人の姫君は絶句する。

「師匠、確か第二位と言えば二十七祖の中でも最古の死徒と呼ばれ、復活した暁には死徒二十七祖を取り纏めると言われる」

「そうや。その第二位や」

「ですがそれは後世の創話で現在の死徒の殆どは信じていないのでは??」

「確かに大半の二十七祖は第二位の存在は伝説と考え現実とは信じていない。だが『六王権』が最古・・・最初の死徒である事・・・そして奴は二十七祖を取り纏める力を誇る事は紛れない事実」

「何故そう言い切れるのですか??魔道元帥。『六王権』の姿を見たものは誰もいないのでしょう??」

シオンの疑問に直ぐに解答が帰ってきた。

「いや、一人おる」

「誰ですか?」

「この私だ」

思わぬ言葉に志貴達は絶句する。

「どう言う事です??」

「私がかつて『月の王』・・・『朱い月』を滅ぼした事は知っていよう」

「はい、そしてその際『月の王』に血を吸われ師匠は死徒になった・・・ですがそれが一体・・・」

「その『朱い月』の従者の一人が奴『六王権』なのだよ」

全員が戦慄する。

「ゼルレッチ、それほんまかいな??初耳やで」

「ああ、真実だ」

「それと老師今『一人』と言っていましたがまだ従者がいるのですか?」

「ああ、私が確認した限り『朱い月』にはもう一人従者がいた」

「いたと言う事は・・・今はいないのですか?」

「ああ、少なくとも以前奴・・・『六王権』を封印した時にはもう一人は見ていない。おそらく『月の王』と共に滅びたのだろうと推測されている」

「つまり、滅んでいるかもしれないしまだ生きているかもしれないと言う事ですか・・・」

「そう言う事だ。まあこれは今回は関係ないだろう。それで話は戻すが志貴」

「わかっています。"『六王権』を滅ぼせ"ですか?」

「そこまで行かなくとも再度封印を施せば良い。今回はお前に姫様達全員の力を借りなければならない」

「判りました。その依頼謹んでお受けします。それと師匠士郎も合流するのですか??」

「ああ、無論その予定だ」

「まあ今は『聖杯戦争』中やさかいその後と言う訳になるがの」

「そうですか・・・仕方ありませんね」

「そういうこっちゃ」

「それで師匠これからどうします?」

「これから私と志貴で『六師』の封印されている修道院に向かう」

「??えっとその『六師』ってなんですか?」

「『六王権』の側近衆である六人の死徒の総称だ。姫様を含めた君達が『七夫人』と呼ばれているように」

さつきの質問に答えるゼルレッチ。

「つまりその『六王権』には六人側近がいると?」

「いや、もう一人『影』と呼ばれる最高側近・・・いや、もはやもう一人の『六王権』と呼んでも良いほど奴に全幅の信頼を受けて全権を委ねられた死徒がいる」

「すいません・・・その・・・全員もちろん強いんですよね?」

「ああ、全員二十七祖に連ねられる程だ。しかも『六師』はそれぞれ四大元素の火・水・土・風に加えて光と闇、この属性を一つずつ支配している」

「ちょっと待って下さい!何で死徒なのに光を?」

「そこが判らんのじゃよ」

「そんなに凄い事なの?」

死徒に一時的だがなったにも拘らず、死徒の事について未だ詳しくないさつきが首を傾げる。

「当然でしょ?と言うか」

「一晩だけでも死徒と化したさつきがそれを言いますか?」

アルクェイドとシオンがやや呆れ気味に言葉を繋ぐ。

「あうう・・・だってさ・・・」

「基本的に死徒には太陽の光は天敵なの。ほら良くあるじゃない。映画とかで吸血鬼が太陽の光を浴びると灰になるって・・・基本はあれと同じ」

「無論太陽を克服した死徒も私や姫様それにコーバック等・・・二十七祖に大勢いる。いるが・・・それでも光そのものを支配下とした死徒など異常と言うより他ならん」

「はあ・・どちらにしろ六王権一派を放って置く訳にはいかないわね」

「無論ですね」

「志貴ちゃん頑張るから」

「ああ、皆頼むな」

「じゃあお爺様私リィゾとフィナに連絡を取るわ」

そういい、アルトルージュが立ち上がり応接間を後にする。

しかし、暫くするとバタバタとアルトルージュが駆け込んできた。

「志貴君!!」

「どうした?アルトルージュ」

「大変!!今エレイシアから連絡あって『六師』を封印した修道院が・・・」







志貴とゼルレッチが問題の修道院に到着した時(残りのメンバーは不測の事態に備えて『七星館』に待機することになった)出迎えたのはエレイシアだった。

「師匠」

「ああご苦労だったなエレイシア」

「姉さん、お久しぶりです」

「志貴君暫くぶりですね・・・っと今は挨拶なんかしている場合じゃないですね」

「そうだな。それよりもエレイシア」

「はいこちらです」

エレイシアに案内されて連れて来られたのは問題の石像がかつて保管されていた地下室。

しかし、今ではこの場所の価値は無いに等しかった。

「なんだよこれ・・・」

地下室をぐるっと見渡してから呆れたように志貴は言葉を紡ぐ。

「魔法陣の中から魔力が暴発して吹き飛ばしている・・・」

「そんな・・・メレムの話だとこの魔法陣の中には完全に封印を施した『六師』しかいなかったと・・・」

「おそらく『六王権』が呼びかけたのだろう」

「でも・・・たとえ『六王権』といえど呼び掛けただけで・・・」

「エレイシア、『六王権』や側近衆には未だ多くの謎が残されている。『六王権』一派を普通の死徒と考えない方が良い」

「・・・・・・はい」

「とにかくエレイシア、この事を直ぐに」

「既にメレムが本部に伝えています」

「そうか・・・では足労を掛けるが直ぐに『魔術協会』にも連絡を。話も聞かぬだろうが一応耳に入れておかねばならん」

「わかりました。では直ぐに」

早速エレイシアが『時計塔』に連絡を取る為修道院を後にする。

「・・・志貴急いで奴を探し出さねばならん。『六王権』の元に全ての側近が集ったとなれば何時行動を開始するか予測が付かぬ」

「はい・・・そう言えば師匠一つお聞きしたい事があるんですが・・・」

「何だ?」

そう尋ねるがゼルレッチには質問が判る様だった。

「士郎の事です。何故師匠は士郎に固有結界の事を教えないのですか?」

「・・・」

『錬剣師』衛宮士郎は元々一つの魔術しか使えない。

強化も投影もその一つの魔術の副産物に過ぎない。

その唯一つの魔術こそがおそらく固有結界。

推測だが士郎は固有結界を使える。

今彼の使える魔術はあくまでも、そのおこぼれに過ぎない。

志貴にも気付いた事をゼルレッチが気付かない筈が無かった。

「士郎が固有結界を会得すれば今回の戦い極めて有利になります。それなのに・・・」

「志貴は今の士郎では力不足だと?」

「そこまでは言いません。士郎の実力は良く知っています」

「そうだったな・・・私が敢えて士郎に固有結界を教えないのには無論理由がある」

「それは一体・・・」

「・・・老人の一つの好奇心ゆえにな・・・」

「好奇心??」

「左様・・・」

ゼルレッチはそれ以上何も言わなかった。

無理も無かった・・・彼が衛宮士郎に求める事・・・それは今の世代には到底夢物語に過ぎない事であったのだから・・・







それは遥か太古に伝わる一つの神話。

ゼルレッチの若かりし世代にすら既に一人も見かけなくなった存在。

彼の師のそのまた師がわずか一人だけ見たにすぎず、彼にはもはや口伝でしか伝えられくなった者達・・・

『代理人』

それはその名の通り物事を代わりに遂行する存在・・・

しかし、彼らを『代理人』として任ずるのは人ではなく神・・・

神が選んだ人間に己の『代理人』としてその証である『象徴(シンボル)』を渡し、本来神が執り行う筈の支配ないし統治の代行を行わせる。

その力は無論だが強大。

任ぜられた一極に限定するならば魔法使いすら凌ぎ、その死後に至っては英霊を越える神霊となる・・・つまり神の末席に連ねられる・・・事も約束された最高位の人間。

しかしこの『代理人』、無論の事だがそう簡単になれるものでは無い。

条件が複数存在する。

その第一条件は『その神が司る属性を極限まで到達させる事』。

つまり炎の神であれば火を、水神であれば水をそれぞれ極めなければならない。

それもただ極めるのではなく、究極の領域・・・根源まで到達させなければ到底なれない。

しかもそれすら最低条件の一つに過ぎず、もう二つの条件も存在していた。

しかし、それについては詳しい事は何一つ伝えられていない。

ただ一言"『固有世界』を保有する者"としか・・・

おそらく『固有結界』の亜種であるのだろうが詳しい事は何も判らない・・・おそらくは永久に・・・

最後の条件が『象徴(シンボル)』を手中に収める。

最低でもこの三つの条件をクリヤしなければ『代理人』にはなれない。

そして、無論であるが『代理人』の領域、それは今の時代に生きる魔術師には到底無理。

彼らは万能であるが故に究極の一には到達出来ない。

無論だが万能が悪と言う訳では無い。

ただ彼らには『代理人』の資格は無いというだけの話に過ぎない。

その点ではむしろ蒼崎青子や七夜志貴そして衛宮士郎の方が『代理人』に近い。

万能の力ではなく一極の力を極めすぎてしまった彼らの方が・・・

いや、もしかすれば志貴は既に死神の『代理人』となっているかも知れない。

彼の『完殺空間』が『固有世界』、『直死の魔眼』が死神の『象徴(シンボル)』だと仮定すればの話になるが。

では何故ゼルレッチが士郎に固執するかと言えば、青子は既に『代理人』でなく『魔法使い』として大成しているのでここから『代理人』となる可能性は低く、志貴は彼が教える前に既に技量は完成され『直死の魔眼』に目覚めて、自分が携わったのは最後の仕上げの段階だけ。

そう・・・『代理人』に大成する可能性を秘めた未完の人材は彼の知る限りもはや士郎しか存在しない。

それゆえに・・・いや、それだからこそ、ゼルレッチは自らの手で士郎を『代理人』の域に到達出来るほどにまで育てたい。

それが彼にとって残された夢だった。

その為にはまだ『固有結界』の事を教える訳にはいかなかった。

何故なら『固有結界』とは術者の心象世界を具現化するもの。

その心象世界が決まればそこから変える事は不可能に等しい。

しかし、逆に言えば心象世界さえ定まらなければそれは変化するのではないのか?

そして果ては『固有世界』へと・・・

無論これはゼルレッチの憶測に過ぎない。

何しろ『固有結界』を到達点とするではなく通過点としてみるのだから。

これほどの出鱈目は存在しない。

しかし、試してみる価値はあった。

仮に『代理人』となったとしてもその後は士郎の自由に生きさせるつもりだ。

時折暇つぶしの玩具とさせてもらうがそれ以上の干渉を行うつもりはない。

士郎を『代理人』に育てる事は彼にとって、地位や名誉の為でなく自らの自己満足に過ぎなかった。

『代理人』を見たいと言うゼルレッチの子供じみた好奇心に他ならない。

だからこそ彼はこの事を人に言う事は無かった。

ちなみにゼルレッチは士郎を志貴に匹敵する信頼を寄せているがその最大の理由として実は彼を己の後継者最有力候補として見ているからだった。

当然の事でありゼルレッチ自身も自覚しているが自分と士郎とでは属性はあまりにも違いすぎる。

だが、もし士郎が『代理人』として覚醒すればその資格は十分であるし、ならなくても、彼の反則・・・いや悪魔級の投影ならば彼の愛剣『宝石剣』もオリジナルに近い形で複製できる。

そうなった後で彼に『宝石剣』の使い方を教えてやれば問題は何も無い。

だが、一番の問題は士郎本人がこれを欲するかどうかにあった。

他の弟子の家系なら間違いなく諸手をあげて欲するに決まっている。

しかし、士郎なら『いらない』この一言で済ませるかもしれない。

いや、確実にそう言う。

それを聞けば百人中百人が『正気の沙汰か』、『こいつは狂っている』と言うだろう。

だが、それが衛宮士郎なのでありだからこそ『魔導元帥』の絶対的な信任を得るにまで至ったであるが。

「とにかく志貴、くれぐれも固有結界の件は決して士郎に言わないようにな」

「はい・・・」

再三の確認に志貴は納得こそしなかったが肯いた。

「戻るぞ。どちらにしろここにはもう何も無い」







志貴達が『七星館』に帰宅すると、数名いなくなっていた人物がいた。

「あれ?アルクェイド、先生と教授は?」

「ブルーは欧州に志貴と入れ違いで飛んだわよ」

「何でも『魔術協会』ともう一回話し付けてくるって言っていたけど」

「コーバック・アルカトラスは『六王権』のことを少し調べたいと言って真祖の千年城に向かいました」

「そっか・・・まさしく入れ違いか」

「では私も一旦『千年城』に戻ろう。志貴何かわかれば私にも連絡を頼む。それと時間を見て冬木の地も見てきて欲しい。聖杯戦争が終結しているようであったならば士郎を連れてきてくれ」

「はい」

「ではな」







しかし、事態は直ぐに予期せぬ方向に運ぶ。

これから僅か二時間後コーバックより驚くべき凶報がもたらされた。

"アルトルージュの『千年城』が『六王権』軍の襲撃を受け『千年城』は崩壊、リィゾ・フィナ・プライミッツが意識不明の重傷を負ったと・・・"

混迷はまだ始まったばかりだった。

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